EVの普及に際してしばしば問題として指摘されているのが、充電インフラが十分に整備されていない点やそのために大容量のバッテリーを積まないと遠出がしづらいといった点です。
そんな中インフラに頼らないEVの充電方法としては、例えばトヨタのバッテリーEVであるbZ4Xがソーラーパネルのオプションが提供しており、太陽光で年間1800km走行分の発電が可能になっています。
bZ4Xで年間1800km分の電力が自然に充電されるというのは魅力的ですが、さらにその先を行って太陽光パネルを主電源とする完全なソーラーカーを開発するスタートアップ企業も登場しています。オランダのスタートアップLightyearです。
Lightyearとは
Lightyear(ライトイヤー)は、クリーンモビリティを地球の隅々まで届けるというミッションのもと2016年9月に創業したオランダのスタートアップ企業です。
2013年と2015年に世界的なソーラーカーのレースであるブリヂストン・ワールド・ソーラー・チャレンジで優勝を勝ち取ったチームであるソーラーチーム・アイントホーフェン(Solar Team Eindhoven)のメンバーがその中心となっています。
ライトイヤーのビジネス戦略は、テスラがまずは少量生産のロードスターで資金を稼いだ後により生産量の多いモデルSを開発したように、まずは少量生産のLightyear Oneという車両を開発し、その後で大量生産のLightyear 2をより値ごろな価格で製造販売するという計画でスタートしています。
ライトイヤーは最初のステップをフェーズ0と呼び、まずこのソーラーカーがどこにでも行けることを証明すると位置付けており、次のステップであるフェーズ1では車両価格を抑えて誰でも購入できるようにする戦略に沿って車両の開発を進めています。
そして、ライトイヤーは自身で開発している電気自動車をソーラー・エレクトリック・ビークル(Solar Electric Vehicle) SEVと呼び、HEV(ハイブリッド車)のようにひとつのジャンルとして確立させようとしているのです。
Lightyear One
そんなライトイヤーが最初に開発した車両がLightyear Oneというモデルです。
Lightyear Oneは、2019年に世界初の量産型ソーラーカーのプロトタイプ車両として登場し、タイム紙が選ぶベスト発明賞に選ばれたほか、空力性能を表すCd値0.20以下を達成し当時世界一高効率のファミリーカーという記録も残しています。このようにセンセーショナルなデビューを飾ったLightyear Oneには100台以上の予約が集まりました。
日本のブリヂストンとのパートナーシップも発表され、軽量エコフレンドリーなENLITEN(エンライトン)技術を採用した特別仕様のタイヤTuranza Eco(トランザエコ)が供給されることになっています。
順調に開発が進められた後の2022年6月には、Lightyear Oneの量産型モデルとしてLightyear 0が発表されています。
Lightyear 0
出典:ライトイヤーウェブサイト
エクステリアデザインの面では、Lightyear Oneから大きな変更は見られません。
ライト類のデザインやドアノブの形状とサイドミラーの位置など多少の変更が確認できるものの、全体のデザインコンセプトは変わらず流線型のボディーにソーラーパネルが覆うように設置されているデザインを踏襲しています。
サイズ面では、全長 5083mm 全幅 1972mm 全高 1445mmと車体はかなり大柄ですが、重量は1575kgと軽量に抑えられています。バッテリーは60kWhの容量で重さ350kgと世界最軽量クラスだと言われています。
Lightyear 0では一般的にBEVでよく見られる設計手法である、バッテリーを効率的に積む、車両全体の熱マネージメントを効率化する、ボディーやシャーシを軽量化するといった工夫は当然行われていますが、そのほかLightyear 0の特徴をいくつか見てみましょう。
ソーラーパネルの性能
Lightyear Oneでの開発をもとに誕生した量産モデルのLightyear 0ですが、引き続き最も特徴的なのは、ソーラーパネルを大々的に採用することで電源インフラに一切頼らずに自前で発電ができる点です。
Lightyear 0は、屋根やボンネットなど5平方メートルの面積に782枚ものIBC単結晶シリコンソーラーセルが敷き詰められており、1.05kWの出力で1日あたり70km走行分の発電を行うことができるのです。発電量は季節や天候にもよりますが、極端な話1日に70km以上車で移動しない人は、一切外部から充電せずともソーラーパネルからの充電だけで移動に必要な電力が全て賄えてしまうことになります。
ライトイヤーによるとスペイン南部での使用を想定すると、年間で最大1万1千km走行分の電力がLightyear 0に搭載されるソーラーパネルから発電できるそうです。燃費(電費)ゼロで年間1万キロ以上走れてしまうというのですから、経済的なメリットは計り知れません。
もちろん、普通のEVのように外部電源からバッテリーをチャージすることも可能です。
コンセントから充電する場合は、3.7kWの出力で1時間あたり32km走行分の充電が可能です。50kWの急速充電にも対応しており、Lightyear 0はソーラーパネルを抜きにしても普通のEVと遜色ない充電性能を持っています。
空力性能
Lightyear 0が短時間で長距離走行可能な充電ができる理由の一つとして、空力性能を追求したボディーデザインも貢献しています。空力性能を示すCd値は0.175と世界最高性能であり現在量産されているモデルで最高性能をもつLucid AirのCd値0.197を大幅に超える性能です。
また、流線型のボディーに加えて細部でも燃費ならぬ電費を稼ぐためにさまざまな工夫がなされており、グリルのシャッターにより6.6%、閉じられたリムで3.5%、リアホイールカバーで1.9%それぞれ電費を押し上げる効果を挙げているそうです。
これらの結果により高速道路走行時の電費は9.52km/kWh (10.5kWh/100km)となっており、日産リーフのカタログ電費である5.85km/kWh(WLTC高速道路モード)より63%も高電費という驚異的な性能に達しています。
圧倒的な高エネルギー効率を誇るLightyear 0ですが、仏自動車大手プジョーのリンダ・ジャクソンCEOもSUVのようなモデルは空力性能の面で不利なために今後衰退していくと発言しており、EVの普及により空力性能が以前にも増して注目されているのは間違いありません。
古くはホンダ初のハイブリッド車である初代インサイトも空力を追求して極端な流線型のデザインでしたし、最近ではメルセデスベンツのVision EQXXというコンセプトモデルもシルエットはLightyear 0に非常に似ています。未来のクルマは、エネルギー効率を追求した結果こういったデザインに向かっていくのでしょうか。
インホイールモーターの採用
Lightyear 0ではそのほかにも特徴的な設計がいくつかなされており、注目はインホイールモーターの採用でしょう。
四輪それぞれに独立したインホイールモーターが採用されており、ホイールに内蔵されたモーターが直接タイヤを回転させる設計になっています。これにより従来のEVにあるギアやドライブシャフトのような部品が不要になり、高エネルギー効率の達成に一役買っています。開発はインホイールモーターの研究で1980年代から長年の実績があるスロベニアのElaphe社と協力して行われており、エネルギー効率世界最高を謳う97%を達成しています。そのほか1720Nmのトルクと170馬力の出力を達成しています。
量産の開始
2022年12月より量産が開始されたLightyear0は、いくつかの新興EVメーカーと同様に、自社工場ではなく外部企業に生産を委託しています。
Lightyear 0の生産は、フィンランドの自動車受託生産会社であるヴァルメト・オートモーティブ(Valmet Automotive)で行われることが発表されています。メルセデスベンツやポルシェなどのモデルを生産していた実績もあり、新興EVメーカーであるフィスカーのモデルも生産していた企業です。
気になるLightyear 0の値段ですが、25万ユーロ、日本円で約4000万円という高額な設定になっており、生産台数は当初限定946台と発表されていました。まさにテスラが最初に高額のロードスターを少数生産して、実績を積んだのと同じ戦略です。
しかし量産開始から2ヶ月も経っていない2023年1月、突如Lightyear 0の生産を中断し次期モデルLightyear 2の開発に専念することが発表されました。
はっきりとした理由は発表されていませんが、Lightyear 0の量産とLightyear 2の開発を同時進行で進めるには多数の困難があり、会社の存続のために全パワーをLightyear 2に集中せざるを得なくなったとアナウンスされています。
現時点では、1台4000万円するLightyear 0がわずかな量産期間に一体何台生産されたのか、またそれらの車両がどうなるのかなど不明な点も非常に多いです。
Lightyear 2の登場
Lightyear 0の生産が中断されたため、量産型ソーラーカーの夢はLightyear 2に託されました。
2023年1月に一部公開されたエクステリアデザインの写真からは、Lightyear 0と違いLightyear 2はクロスオーバーのボディ形状であることがわかります。またサイドミラーは電子式ではなく鏡を使ったものになっており、電子ミラーが禁止されているアメリカ市場での販売を意識していることがわかります。さらに、Power Outputと書かれたパネルが確認できるので、ソーラーパネルで発電された電力は外部給電できるものと想定されます。
出典:ライトイヤーウェブサイト
価格は約600万円(4万ユーロ以下)を予定しているというLightyear 2ですが、すでにLeasePlan、MyWheels、Arval、Athlonといった車両リース会社やカーシェアリング会社から合計21,000台のプレオーダーを受けているようです。
また、発表から1ヶ月経たずに注文待ちリストには40,000件の個人の申し込みがあったということで、昨今のEVブームの中でソーラーEVにも注目が集まっているようです。
ソーラーカーが普通に道を走る光景はSFの世界で見る光景ですが、Lightyear 2が実際に大量生産されれば現実の世界もSFに一歩近づくことになりそうです。
まとめ
- Lightyearはソーラーパネルやインホイールモーターなど注目の次世代技術を採用している。
- SEVが実際に量産されればソーラーパネルで電費を賄えるので経済的メリットは大きい。
- 経済的メリットにとどまらず、充電インフラやバッテリー容量問題も解決するかもしれない。
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