はじめに
2023年7月26日、フランスの自動車メーカーのルノーと日産自動車が出資比率の変更を行い両社15%の株式を相互に保有するという形で契約を締結したことを発表しました。これでルノーと日産のアライアンスは一旦対等な立場という形になったことになります。
その際に合わせて発表されたのが、日産によるEV・ソフトウェア専門会社アンペアへの出資でした。このアンペアとは一体どういった会社なのでしょうか。
ルノーの戦略
まずは、アンペアの生みの親であり日産の提携先でもあるルノーの戦略を見ておく必要があります。
現在ルノーはRenaulution(ルノールーション)と名付けられた構造改革を進めており、Resurrection(リザレクション)、Renovation(リノベーション)、Revolution(レボリューション)という3段階にフェーズを区切った改革を進めています。
第一段階にあたるリザレクションが、利益率5%以上などの目標を含む赤字体質からの脱却を目指すもので、2023年に従来の計画を前倒しで目標を達成したことが発表されました。
第二段階のリノベーションは、ルノーグループの反転攻勢を仕掛ける段階で、ルノー、ダチア、アルピーヌの各ブランドの役割明確化に加えてモビリティサービス会社モビライズの立ち上げを行い、工場の生産能力も120万台分を引き下げ固定費の削減を実施。2025年までに25モデルの新型車を投入し、そのうち50%はバッテリーEVになるとしています。
第三段階のレボリューションでは、ルノーグループを自動車業界で最も先進的な会社に生まれ変わらせるという野心的な目標を立てています。
一連の構造改革の中でも、注目すべきはやはり第三段階のレボリューション・フェーズでしょう。従来の自動車会社の典型的な事業である自動車の組み立てビジネスを超えて、5種類のマーケットで事業を行う新時代の自動車会社を目指すという野心的な内容です。
その5つの事業領域とは
- ICE&Hybrid:従来型の内燃機関を使った自動車の製造
- EV:電気自動車
- Software:ソフトウェア
- Mobility Services:モビリティサービス
- Circular economy:循環型エコノミー
これらのマーケットを全て合わせると従来自動車メーカーが活動していた領域の2倍のマーケットサイズがあるといいます。
そしてこの魅力的なマーケットで成功するためには一つの会社組織で対応することは難しく、組織の構造を完全に新しく変化させる必要があるという結論に至ったようです。
また現在自動車業界を取り巻く状況は非常に厳しく、バッテリーのように日進月歩で進化している技術に巨額の投資を行っても全個体電池など革新的な技術が登場すると投資が無駄になるリスクもあります。また、ソフトウェアの重要性が増しており製品開発は従来の年単位から今後は数週間単位に早める必要もあります。自動車業界で起こっているこれらの変化に全て自前で対応するのはもはや不可能であり、スマホのような水平分業が必要というのがルノーの出した結論のようです。
これら自動車業界で起こっている変化を踏まえて、ルノーはグループとしてルールの異なる5つのマーケット別に組織を分けるという戦略を取っています。
- 自動車メーカーにとって従来からのビジネスに相当する内燃機関の車を作るPower(パワー)と内燃機関のサプライヤとなるHorse(ホース)
- 高級車ブランドとなるAlpine(アルピーヌ)
- サービスビジネスを担当するMobilize(モビライズ)
- 循環型エコノミーを事業とするThe Future Is NEUTRAL(ザ・フューチャー・イズ・ニュートラル)
- 電気自動車とソフトウェアを開発するAmpere(アンペア)
グループ内のルノーやダチアなどは会社ではなく顧客から見たブランドという位置付けになり、事業は先述の5つの組織が担うわけです。
パワーは、ルノーブランド・ダチアブランドを使い内燃機関やハイブリッド車の販売を行い、パワーの傘下に入るホースについては、中国のGeelyと50対50の合弁会社となりハイブリッドを含む内燃機関を日産、三菱、ボルボなどにも供給する内燃機関サプライヤーとなります。一部欧州の高級自動車メーカーが内燃機関の開発をやめて100%EV専業に移行しようとしているのとは対照的です。
アルピーヌは1車種しかない現状から脱却して高級車ブランドになることを目指し、F1参入でブランド力を強化。2026年までにDセグメントやEセグメントを含む100%EVのフルラインナップブランドになることを目指しています。2030年までにはアメリカと中国にも参入を計画し全体の50%を欧州外で販売することを目指しています。
モビライズはサービス事業を担当します。ビークル・アズ・ア・サービス(Vehicle as a Service)として、車の使用に必要な全てをパッケージにしてサブスクリプションとして販売するビジネスです。内容は修理やフリート管理といったモビリティサービスだけでなく、EVの充電ネットワークなどのエネルギーサービスや保険や支払いといったファイナンシャルサービスも提供。モビライズ専用車両まで開発する気合いの入れようです。この手のサービス事業は、ライフサイクル全体を通して単純な自動車販売よりも3倍の収益を上げられるそうです。
ザ・フューチャー・イズ・ニュートラルは、循環型エコノミーをビジネスとする組織です。循環型エコノミーは二桁成長と二桁利益率を同時に期待できるマーケットで、バッテリーリサイクルや再生部品の供給などにとどまらず、外部にトレーニングやコンサルティングも提供する予定です。
アンペアの設立
アンペアは、ルノーグループの構造改革プログラムであるルノールーションの結果として誕生したEVとソフトウェア専業の会社であり、ソフトウェアとEVの開発・製造・販売をルノーブランドを通して行う会社です。
ちなみに、アンペアは電流の単位にも名前が使われているフランス人で電磁気学者のアンドレ=マリ・アンペールから名前をとったと思われ、この会社名からも交流発電機などで有名な発明家ニコラ・テスラから名前をとったTeslaを強く意識していることが伺えます。
EVとソフトウェアは、従来自動車メーカーが得意としていた内燃機関とは全く違う新しいルールで競争が行われています。これに対応するため、アンペアは当初からテックカンパニーつまりIT会社を意識して設立されています。具体的には、従業員の30%以上がエンジニアで構成されておりうち半数がソフトウェアエンジニアとなっており、従来の自動車メーカーとは一線を画します。
アンペアは、2030年までに6車種のEVを立ち上げる計画で、目標販売台数は年間100万台。今後10年間にわたって年率30%の成長を目指しています。また特徴としては従来型OEMの持っている100年以上に及ぶ自動車開発の能力と新興EVメーカーのようにソフトウェアとEVの開発に集中できる組織体制にしている点です。新旧自動車メーカーのいいとこ取りを目指しているといえます。
ルノーによるとアンペアは絵に描いた餅ではなく、実現に必要な3つの柱がすでに整っているといいます。
- 1つ目がハイテクマニュファクチャリング。これはフランスにあるエレクトリシティー(ElectriCity)と呼ばれる製造拠点です。すでに年間40万台のEV生産能力があるこの拠点は、半径300km以内にサプライヤーの80%が集結しており、半径1000km以内に顧客の2/3がいる地理的な利点があります。
- 2つ目がバリューチェーンです。EVの製造にはEV特有のノウハウやコスト管理に加えて部品の供給能力などさまざまな競争力が必要になりますが、これらをその分野の企業とパートナーシップを結ぶことで確保しています。ルノーは2020年頃にバリューチェーン全体の10%しか自分たちでコントロールできていなかったものを、2030年までに80%に拡大する計画です。
- 3つ目がソフトウェア定義車両つまりSDV(Software Defined Vehicle)です。クルマのスマホ化ともいわれるこの領域では、まさにスマートフォンで起こったことの再現を目指しています、サードパーティ製のソフトウェアを惹きつけるオープンプラットフォームを作りクルマの価値を向上させる狙いです。ルノーの戦略は、アンドロイドスマートフォンで起こったことと同じ水平分業を目指したものになっており、アンドロイドスマホ向けで大きなシェアを持つ半導体大手のクアルコムとアンドロイドOSを抱えるGoogleと協力する方針を発表しています。
具体的には、クアルコムと車載ハイパフォーマンスコンピューティングプラットフォームを開発。Googleとは既にアンドロイドを使ってインフォテインメントなど車両のコックピット向けシステムの開発を行っていますが、今後はコックピット領域を超えて世界初のCar OSを開発するとしています。この協業により開発コストは25%削減され、当初5年かかると言われた開発期間を4年以下に短縮したといいます。既に実績のある2000名を超えるエンジニアが対応するため開発リスク回避にもなっており、アンドロイドを使うことでより多くのアプリ開発者を惹きつける狙いもあります。
どのようなSDVが実現するのか期待されますが、意外にもルノーは同社が大きな市場シェアを持っている小型商用車をSDV第一弾とする計画で、テスラ対抗モデルの登場は少し先になりそうです。
ルノーのSDV第一弾フレキシーバン(FlexEVan)は革新的な小型商用車で、モジュラーコンセプトによりさまざまなサイズの商用車として使える上、バッテリー容量も必要に応じて変更可能。長距離移動を想定して燃料電池への変更まで可能にする予定です。そしてアンペアよって開発されたSDVの技術によりリアルタイムでの車両状況モニタリングや車両データをもとにしたフリート管理ができ、商用車の運用コストを30%削減できるといいます。このFlexEVanは欧州で日産にも供給されることが発表されています。
日産とアンペアの関係
このようにルノーは電動化だけではなくクルマのスマホ化であるSDVを強く意識してアンペアを設立したことがわかります。
一方で、日産がアンペアへの出資を発表した際のプレスリリースによると、コスト削減や規制対応、ラインナップ拡大など欧州での電動化戦略を補完・強化するものであるとされています。
この公式発言から、アンペアへの出資はSDV領域での協業というより電動パワートレイン対応が目的であり、Googleの下請けに成り下がるリスクを抱えたルノーのSDV戦略からは距離をとっているようにも聞こえます。
まとめ
- ルノーは従来型自動車メーカーからの脱却を目指し組織を5つの事業に分割。内燃機関はやめない。
- EVとソフトウェアを担当する会社がアンペア。
- アンペアは、技術面でGoogleや半導体大手クアルコムと提携。資金面で日産が出資。
- AndroidをベースとしたCar OSを導入しSDVの実現を目指す。
- アンペアへの出資で日産がSDVの技術を手に入れようとしているのかは未だ不明確。公式発言ではSDVよりも電動パワートレイン目当てでの協業に聞こえる。
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