日本の自動車購入と違い、アメリカではディーラーに車が在庫として置いてあり、店に来た客がその中から選んで買っていくというのが一般的です。そのためディーラーに車が入荷してから売れるまでにかかる日数が長いモデルは、それだけ人気がない車種だとも言えます。
そんな不人気度を測る指標がMDS(Market Day Supply)という数値で、今のペースで車が売れた場合に在庫が無くなるまで何日かかるかという数字です。
何台売れているかは関係なく、たくさん売れていたとしても在庫が大量に余っていれば数字が大きくなるので、売れ行きが悪いということが分かります。トヨタのランドクルーザーやスズキのジムニーのように売れている台数が少なくても人気の高い車種というのは存在しますので、単純に販売台数を見るよりも正確に車種の人気を見ることができる指標と言えるでしょう。
そんなMDSのデータを元に、不人気なEVトップ10を見てみましょう。今回のデータはアメリカにおける2023年上半期のものです。
売れないEVランキング
10位 – メルセデスベンツ EQE 144日
不人気EV10位には、ベンツのEQEが入りました。
メルセデスベンツのラインナップの中でガソリン車におけるE-Classに相当するモデルであるEQEは、S-Classに相当する電気自動車EQSの小型バージョンといった位置付けです。コックピットは巨大なデジタルディスプレイで構成されており物理的なボタンはほとんどありません。ほぼ全ての機能はタッチパネルで操作するよう設計されており、テスラの成功を相当意識していることがわかります。
一般的にディーラーに入荷して30日から60日間で買い手が現れるのが正常な状態と言われるアメリカの自動車販売マーケットにおいて、EQEはなんと売れるまでに144日かかっているようです。
9位 – キャデラック リリック 151日
不人気9位には、会社のロゴまでコンセントをイメージした形に変えてしまうほど強力にEV化を進めているGMから、高級車ブランドキャデラックの電気自動車リリックがランクインしました。ホンダがGMとの協業で発売するEVであるアキュラZDXの兄弟車となっているモデルでもあります。売れるまでにかかる日数は151日となりました。
EV専業になることを宣言しているキャデラック初の本格EVは、極端に未来的なテスラのカウンターバランスとも言えるアプローチをとっています。エクステリアのフロントマスクにはグリルのような装飾が施してあり、もしこれがガソリン車だと言われればそのようにも見える親近感のあるデザインですし、インテリアも巨大なスクリーンこそ採用していますが全ての操作をタッチパネル上に詰め込むことなく、物理操作ボタンも程よく残しています。しかしこれが返ってEVとして売れるためには落ち着きすぎており未来感が少し足りないといったところなのでしょうか。
8位 – 日産 リーフ 161日
量産型電気自動車のパイオニアとして長らく人気のあった日産リーフが、まさかの不人気EVの8位にランクインしました。
2017年に登場した2代目は、他にランクインしているモデルと比べてもさすがに古さがみられます。日産としてもよりアメリカの土地に合いそうなSUVのアリアを発売しており、リーフの人気が落ちてくるのも仕方がない面もありそうです。
7位 – フォード F-150ライトニング 182日
アメリカで30年以上に渡って最も売れている車となっているフォードF-150の電気自動車版に当たるライトニングが7位となりました。実際フォードが思った通りには売れていないようで、減産も発表されています。
GMはハマーを電気自動車として復活させましたが、超高性能のモンスタートラックという位置付けでしたし、テスラのサイバートラックも映画ブレードランナーの世界を参考にしたと言われておりかなり尖ったコンセプトです。一方のF-150は、実用性重視のピックアップトラックの原点そのままでEV化された点が特徴です。しかし、その実用性重視のコンセプトこそが問題かもしれません。
F-150ライトニングは、エンジンルームの位置が収納になっておりこのフロント収納だけで一般的な乗用車の収納スペースとほぼ同じ大きさがあったり、電動工具などをつなぐことができるコンセントがついていたりと電気自動車であることをうまく活かしてガソリン車にはできない実用性を追加しようとしています。しかし、ガソリン版のF-150よりも航続可能距離が短く積載可能量も少なく値段が高いライトニングは、アメリカでピックアップトラックを使うユーザーにとってそもそも基本性能に問題があり選択肢になりづらいのかもしれません。
6位 – ジェネシス GV60 190日
ヒュンデの高級ブランドに当たるジェネシスのGV60が6位となりました。
トヨタとレクサスがプラットフォームをシェアして似たような車体の大衆車と高級車を発売しているように、GV60はヒュンデのアイオニック5の兄弟車に当たります。
高級車ブランドとしてはまだまだ歴史の浅いジェネシスですが、欧州のカーデザイナーを次々にヘッドハンティングしておりデザインの評価は高いです。GV60もイギリスの超高級ブランドであるベントレーの元デザイナーが手掛けたようです。レトロフューチャー感のあるデザインに仕上がっているこのモデルは、フルデジタルディスプレイやオプションの電子ミラーに加えて、鍵の代わりにスマートフォンによるデジタルキーや顔認証や指紋認証まで備えるハイテクカーになっています。売れ行きが悪いのは、値段の安い兄弟車に当たるアイオニック5の完成度がかなり高いので割高のGV60を買うだけの理由が見当たらないというのもありそうです。
5位 – フォード マスタングマッハE 204日
フォードの伝説的マッスルカーであるマスタングが、まさかのクロスオーバーEVとなって登場したのがマッハEです。入荷から販売まで204日とセールスはかなり苦戦している様子が伺えます。
フォード初の本格的EVとして登場したマッハEですが、マスタングの伝統的なポニーのロゴなどを除けば4ドアSUVのセンターコンソールに巨大なタッチパネルを配置するなど明らかにテスラ対抗モデルとして開発されたことがわかります。
しかし、ここまでテスラを直接的に強く意識したデザインにするとテスラと直接比べられてしまうという問題が出てきます。特にセンターコンソールのタッチパネルは評判が悪く、フォードが初めて巨大なタッチスクリーンを使ったヒューマンマシンインターフェースを開発したのに対して、テスラは10年以上かけてハードウェアの変更やソフトウェアアップデートを重ねながら完成度を高めてきていますので、差が歴然としています。マスタングというブランドに思い入れがなければなかなか選択肢に入りづらいでしょう。
同率3位 – メルセデスベンツ EQS / EQS SUV 221日
3位にはメルセデスベンツのEQSとEQS SUVが入りました。
非常に高価なEVですが、エクステリアは格下のEQEとそっくりです。空力性能を極限まで突き詰めたためボディシルエットも特徴がなく、超高級車としては特別感が少し物足りないかもしれません。
一方のコックピットは宇宙船かと思うようなハイテク満載の未来的なデザインです。ハイパースクリーンと呼ばれる56インチの一枚ガラスディスプレイがインテリア前方を覆い尽くしており、ほぼ全ての操作はタッチパネルで行うよう設計されています。搭載される機能も豊富で加速時の音やインテリアのライティングの調整など細かいたくさんの機能がついていますが、エアコン操作など基本的なことまで含めて全てをタッチスクリーンで操作するためかなり複雑な操作系になっている感は否めません。
メルセデスベンツとしては、もともと高級セダンのベンチマーク的存在になっているSクラスがあるので、電気自動車版SクラスとなるEQSではユーザーの反応を試す実験的な意味合いも込めて極端なハイテク側にコンセプトを振ったのでしょうが、メルセデスといえどもどういった電気自動車を作ればいいのかまだまだ試行錯誤している様子が伺えます。
2位 – ポルシェ タイカン 239日
テスラがモデル3を発売した際に、実用的なセダンでありながらポルシェよりも速いという宣伝をしたため、テスラに喧嘩を売られた格好になったポルシェ。そのポルシェが、スポーツカーとは直線の加速性能だけでは語れないことを見せつけたのが、このタイカンです。
2015年に発表され大絶賛されたコンセプトカーであるミッションEの量産版であるタイカンは、加速性能だけではなくコーナーリングやサスペンションの出来などスポーツカーとしての運動性能の高さが絶賛されており、歴史あるスポーツカーメーカーがしっかりとその実力を見せつけた格好です。
しかし、エクステリアもインテリアも従来のガソリンエンジンを搭載したポルシェとの違いはほとんど見られずいつも通りのポルシェが電気モーターで動くようになっただけとも言えます。あえてEVのタイカンを買う意味が問われるところです。
1位 – ジャガー I-PACE 647日
不人気EV第1位はジャガーのI-PACEとなりました。
なんと入荷から販売までにかかる日数は647日とほぼ2年近くかかるという結果になりました。間違いなく売れ行きが悪く在庫が余っている状態と言えるでしょう。
とはいってもI-PACEも発売当初は順調でした。ワールドカーオブザイヤーやワールドカーデザインオブザイヤーなど全世界で90以上の賞を受賞しており、伝統的な自動車メーカーから発売された初めてのテスラに本格的に対抗できるEVとして、歴史ある自動車メーカーらしいしっかりとした車両の製造クオリティーやジャガーらしい高級な内装などテスラに欠けている部分をしっかり持ち合わせている総合力の高いEVです。しかしその後は、メルセデスベンツやBMWにアウディなどドイツの高級メーカーから次々にEVが発売されたこともあり、いつも通りドイツ勢に勝てないジャガーという定番の立ち位置に落ち着いてしまった感があります。コックピット周りがガソリンモデルのその他ジャガーとそれほど変わらない点も今の時点で高級EVを求めている新しいもの好きのユーザー層にはアピールが弱いのかもしれません。
さて不人気EVを10台見てきましたが、実はこのランキングに入っているモデルが不人気というよりも、EV自体がそもそも売れていないという見方もあります。
続いて、反対に売れているEVのランキングをブランド別で見てみましょう。
売れているEVブランドTOP20
2023年上半期にアメリカで売れたEVのブランド別販売台数トップ20のグラフをご覧ください。
このグラフから分かることは、実は売れているEVブランドの大半がテスラだということです。
2023年上半期にアメリカで売れたテスラの台数は325,291台で、なんとEV販売台数2位から20位までのブランドを全て合計した台数よりもテスラが販売したEVの方が多いのです。実際2位シボレーのEV販売台数は34,943台となっており1位のテスラとはほぼ10倍近い差があります。
今のところ、アメリカでEVの販売台数が増えているのはEVの人気があるというよりも、単にテスラが売れていると言い換えた方がいいかもしれません。そのテスラもイーロン・マスクというカリスマ経営者が一部の層に人気があったり、ソフトウェア・ディファインド・ビークルと呼ばれるスマホ的な使い勝手を実現している点やオートパイロットと名付けられた独自の運転支援システムにアップル製品を彷彿とさせるミニマリストデザインなど総合的にブランド化している面もあり、電気で動く車だからという理由でテスラが消費者に選ばれているのかは疑問が残ります。
また日本車はEVシフトに完全に乗り遅れたなどという意見がありますが、上のグラフから見て取れる通り少なくともアメリカにおいてはテスラ以外のEV販売台数はどんぐりの背比べ状態であり、日本車の遅れが目立っているなどということは全くないでしょう。むしろ日本メーカーよりもEV販売に本腰を入れている海外メーカーも実際には大した台数のEVを売れていないという事実の方が大問題かもしれません。
まとめ
- 不人気EVに一定の法則は見られない。従来の車の延長線上として進化するか一気にスマホ化するのか各社の試行錯誤が見られる。
- アメリカにおいて売れているEVの大半はテスラであり、EV人気なのかテスラ人気なのかは慎重に捉える必要がある。
- アメリカにおいて日本車のEV販売が他社よりも極端に遅れているとは言い切れない。
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