諸外国に比べてなかなか電気自動車の普及が進んでいない日本ですが、軽自動車のEVである日産サクラが好調な販売を記録しており短距離用途や二台目需要として日本でも今後一部で電気自動車の普及が進みそうな兆しが見えています。
この軽自動車EVのヒットと似た現象は、つい最近中国の自動車市場でも見られました。日本でも話題になった50万円EVこと五菱宏光MINI EV(ウーリン ホングァン ミニEV)の大ヒットです。
五菱は現在、道を走る車の90%以上が日本車という日本車王国インドネシアへの積極進出を進めています。また日本では、EVの企画会社アパテックモーターズ社が五菱の小型EVを日本で販売する検討を進めていると発表しています。
今後日本車の脅威になっていきそうな五菱とは、一体どんな自動車メーカーなのでしょうか。
五菱(ウーリン)とは
五菱(ウーリン、 Wuling)は、アメリカのゼネラルモーターズと中国のSAIC(上海汽車)に五菱集団(ウーリン)を加えた3社の合弁企業として2002年に設立された上汽通用五菱汽車(SGMW)が展開している自動車ブランドです。
上汽通用五菱汽車は、小型トラックやミニバンの製造メーカーとしてスタートした後、2009年からはGMのシボレーブランドを使って南米やアフリカへの輸出も行っておりGMが新興国向けのラインナップを補強する際の役割も担っています。
2009年にはウーリンが中国で年間100万台の自動車販売を達成した最初のブランドとなっており、2022年にはEVの累計販売100万台を達成しています。このことからもウーリンは中国国内で非常に成功しているブランドであることがわかります。
ウーリンのラインナップ
ではウーリンはどのような自動車を抱えているブランドなのか見ていきましょう。
宏光(ホングァン)シリーズ
宏光(ホングァン)
ウーリンを語る上で外せないのがMPV(マルチ・パーパス・ビークル)として2010年に登場した宏光(ホングァン)でしょう。
名前から分かるとおり、日本でも話題になった五菱宏光ミニEVというのは、このミニバン宏光の小型EVバージョンという位置付けだったのです。
全長4,305mm 全幅1,680mm 全高1,780mmの車体に1.2リッターと1.4リッターエンジンが用意され、1.4リッターエンジンは100馬力で13km/Lという燃費性能でした。
このモデルはインドにおいてはGMのシボレーブランドのもとで販売されていました。
宏光S(ホングァンS)
ミニバンっぽさの強い宏光にSUVのテイストを加えたのが宏光Sです。
こちらのモデルは、1.5リッターエンジンに5速マニュアルトランスミッションの設定で7人乗りや8人乗り仕様も存在します。
日本円での価格は1元20円のレートで120万円程度です。
宏光S3(ホングァンS3)
宏光シリーズ初のSUVとして登場したのがS3です。
1.5リッターエンジンに6速マニュアルトランスミッションを採用したこのモデルは、MPVをルーツにした広い室内とSUVとして耐久性や悪路走破性を両立したことを売りにしています。
価格はトリムレベルによって120から160万円程度となっています。
宏光V(ホングァンV)
当初は小型商用バンの役割も担っていた宏光シリーズが徐々に乗用車として洗練されていったために、商用ユースをターゲットにしたモデルとして宏光Vが登場しました。
1.2リッターと1.5リッターを選択でき、シートも2人乗りから8人乗りまで多様なオプションが用意されています。
宏光PLUS(ホングァンPLUS)
宏光シリーズ最大のサイズにして最高級モデルが宏光PLUSです。
全長4,722mm 全幅1,840mm 全高1,810mmにもなり、日本の高級ミニバンに相当するようなサイズ感です。エンジンは145馬力を出力する1.5リッターターボで、6速マニュアルトランスミッションが採用されます。
価格はホングァンS3と同じく120から160万円程度です。
宏光MINI EV(ホングァンMINI EV)
2020年にウーリン初のEVとして発表されたのが、宏光MINI EVです。日本でも50万円を切る価格の電気自動車が中国でベストセラーになっているとして話題になりました。
全長2,917mm 全幅1,493mm 全高1,621mmのサイズ感は、独ダイムラーのスマートやスズキがかつて販売していた超小型軽自動車のツインのような大きさで、完全に街乗りにターゲットを絞ったデザインです。
搭載バッテリーはわずか9.2kWhながら26馬力のモーターで航続距離は170kmを実現。最高速度は時速100キロに到達します。
発表時のプレスリリースには日本の軽自動車にインスパイアされたとの文言もあり、日本車をかなり研究していることが分かります。
価格帯が安いものの使い勝手も軽自動車譲りで妥協はなく、後席にはISOFIXチャイルドシート固定やスマートフォンアプリで車両の状態を確認することもできます。
宏光MINI EV macaron(ホングァンMINI EVマカロン)
宏光MINI EVは、販売手法も日本の軽自動車をかなり研究している様子が見られます。
ベースの宏光MINI EVが発売された翌年には、PANTONE UNIVERSEとコラボレーションをしてマカロンという女性購買層を強く意識した派生モデルを発表しています。日本において軽自動車でもよく行われている販売戦略そのものといった感じです。
またこのモデルはカラーバリエーションだけではなく、リアビューカメラやパーキングセンサーなども装備され運転に自信がない女性ドライバーのニーズを汲み取ることも忘れていません。
宏光MINI EV ゲームボーイ・エディション
マカロンが女性をターゲットにした派生モデルなら当然男性ターゲットの派生モデルもあるのは、軽自動車と同じです。
購入者の77%が男性となるゲームボーイエディションと名付けられたモデルは、男性購買層を強く意識して馬力がオリジナルモデルの1.5倍となる40馬力あるばかりでなく、バッテリー容量もオリジナルの9.2kWhから大幅に大容量化した17.3kWhで200km走行可能なグレードとバッテリー容量26.5kWhで300km走行可能なグレードが用意されています。
まさに日本で男性ターゲットの軽自動車がターボエンジンとエアロパーツを装備しているのと同じような発想と言えるでしょう。写真を見る限り、どうやらゲームボーイと名付けられたモデルながらPlayStationのロゴのような装飾もできるようです。
そんなゲームボーイエディションは単なる車体カラーの違いを超えた個性的なバージョンが多数用意されており、ネーミングもハリケーンファントム、ジャングルアドベンチャー、スターツアーズ、パーティースウィートハート、ライムソーダ、チェリーブロッサムなどオーナーが個性を表現しやすいバラエティに富んだものになっています。
出典:五菱ウェブサイト
宏光MINI EV カブリオ
軽自動車にも時折登場するのがオープンカーです。
バブル経済期にはホンダ・ビートやスズキ・カプチーノなどがありましたし、近年はダイハツ・コペンやホンダ・S660などもありました。宏光MINI EV カブリオもソフトトップのオープンカーとしてニッチなユーザー層の取り込みを狙ったモデルです。
宏光X
宏光シリーズの進化はとどまるところを知りません。2020年には宏光XというSUVのコンセプトカーを発表しています。
トラック
栄光(ロングァン)シリーズ
栄光は1.2から1.5リッターエンジンの商用車で、バンからトラックまで様々な商用ユースをカバーするモデルです。
征途(ジャントゥ)
2021年にウーリン初のピックアップトラックとして発売されたのが、征途(ジャントゥ、Zhengtu)別名ファイティング(Fighting)です。
全長5105mm 全幅1640 全高1810のサイズに、1.5リッターエンジンと5速MTが組み合わされて価格は120万円前後になります。
MPV
征程(ジャンチェン)
宏光シリーズだけでもMPVにSUVや商用バンなどバリエーションがありますが、ウーリンブランドではさらに別の商用バンもラインナップしていて、それが征程(ジャンチェン、Zhengcheng)です。
全長5,150mm 全幅1,840mm 全高1,895mmと宏光Vよりも一回り大きく、エンジンも134馬力の2リッターエンジンか145馬力の1.5リッターターボエンジンが選べます。
宏光Vがトヨタのタウンエース的な立ち位置であるならば、征程がハイエース的な商用バンと言えるかもしれません。
Victory 凱捷(カイジエ)
ウーリンには、商用車だけでなく乗用車でも宏光シリーズ以外のラインナップを拡充しています。
2020年にデビューしたVictory(ヴィクトリー)はウーリン初のシルバーバッジが採用されたモデルです。シルバーバッジは、ブランドが若者をメインターゲットとし本格的に海外進出していく決意のもとに誕生したロゴです。
車両価格も宏光シリーズの2倍になるような価格帯で、中国外のマーケットまで含めて日本車や韓国車のシェアを奪うための対抗車種と見ることも出来ます。
上位モデルでは174馬力を発する1.5リッター直噴ターボエンジンにCVTが組み合わされるなど従来のウーリンから考えると高性能な車に仕上がっていますし、ブレーキや運転支援システムにはドイツの自動車部品世界最大手ボッシュ社の部品が採用されていることが公言されており、世界で戦うための下地をしっかりと整えています。
また、ヴィクトリーにはHEVモデルも用意されており、こちらは内装のプレミアム感も加わって価格は260万円と従来のウーリンのラインナップからするとかなりの高価格帯にも進出を試みています。
佳辰(ジアチェン)
さらにMPVのラインナップを拡大して2022年に登場したミニバンがジアチェン(Jiachen)です。
こちらもヴィクトリー同様シルバーバッジが採用された新世代車種で、車格としてはヴィクトリーの1つ下に位置するモデルです。かつてホンダがオデッセイの一回り小さいモデルとしてストリームをラインナップしていたようなイメージだと思います。
ファミリーをメインターゲットにしているだけあって2+2+3の7人乗りレイアウトを採用しており、全長4785mm 全幅1820mm 全高1760mmの車体に1.5リッターのマニュアルトランスミッションかCVTが組み合わされたモデルと2.0リッターのハイブリッドバージョンもあります。
コネクテッド関連の装備も充実しており、Ling OSと名付けられたオペレーティングシステムの採用により、車両のステータスモニタリングやリモートエアコン操作にBluetoothを使ったデジタルキーまで実現しているので、デジタル化に関しては下手な日本車よりも先を行っているほどです。
価格はトリムレベルによって、140から230万円ほどの幅があります。
SUV
Asta 星辰(シンチェン)
ウーリンは世界中で人気が加熱するSUVについても宏光シリーズ以外のモデルを拡充しています。
2021年に登場したAstaは、ウーリンのSUVとして初めてシルバーバッジが採用されたモデルで、主に若者をターゲットにしたSUVです。
宏光S3がMPVをどうにかSUV風に仕立てたモデルだったのに対して、Astaは本格的にSUVとして設計されています。
全長4,594mm 全幅1,820mm 全高1,740mmの車体サイズに1.5リッターターボエンジンを採用しており、6速マニュアルトランスミッションとCVTが選べるほか2.0リッターのハイブリッドバージョンも揃えているのはジアチェンと同じです。
このモデルで価格は、140から200万円ほどです。
星馳(シンチー)
Astaより一回り小さいSUVがシンチーです。
シルバーバッジを採用し若者をメインターゲットにしたこのモデルもLing OSによるデジタル化がなされており一部日本車よりも進んだ側面を持っています。
価格は110から170万円程度となっています。
星云(シンユン)
ウーリンブランドがさらにステップアップしていくきっかけになりそうなモデルが2023年登場のハイブリッドSUVシンユンです。
2.0Lガソリンハイブリッドのこのモデルはエクステリアも一見すると最先端の電気自動車を思わせるようなデザインになっており、はっきりガソリン車と分かるSUVシンチェンやシンチーが一気に古臭く見えてしまうほどです。
292個のLEDが採用されたヘッドライトは鍵の開け閉めなどシチュエーションに応じて光り方が変化し、デジタルディスプレイ化されたメータークラスターやLing OSの採用によるコネクテッド機能など、クオリティーは未知数ですがやっている内容はもはやBMWの電気自動車iXあたりと遜色ないレベルになっています。
EV
NANO EV
ウーリンのEVは、大ヒットした宏光MINI EVにとどまりません。
NANO EVはもともと上汽通用五菱汽車のバオジュンブランドでE200として販売されていたモデルですが、2021年より改めてウーリンブランドでNANO EVとして販売されています。
全長2,497mm 全幅1,526mm 全高1,616mmというサイズは、意外にも宏光MINI EVよりも横幅は長く全長が短いという大きさです。
バッテリー容量も28kWhと宏光MINI EVの3倍ほどあり、モーターの出力も32馬力と宏光MINI EVを上回ります。
価格も120万円ほどになるので、名前とは裏腹に宏光MINI EVよりも高価で高性能なモデルとなっています。
Air EV 晴空
ウーリンが着々と海外進出を進めている象徴といえるのがAir EVかもしれません。
2022年にAir EVが発表された場所は、中国ではなくウーリンが中国外の進出先として力を入れているインドネシアのジャカルタでした。
そしてAir EVはウーリンとして初めて中国外で販売するEVであり、2022年インドネシアで開催されたG20のオフィシャルカーにもなっています。
全長2,974mm 全幅1,505mm 全高1,631mmの4人乗りモデルと全長2,599mmになる2人乗りモデルがあります。
4人乗りモデルは、67馬力のモーターと28.4kWhのバッテリーが組み合わされ航続距離は300kmに達します。
急速充電にも対応し30から80%への充電が45分で完了。Ling OSによるコネクテッド機能や360度アラウンドビューなども採用され、メーターやナビ周りも10.25インチのデュアルモニターに集約されるなど、130万円前後という価格帯からするとかなり競争力のあるモデルといえそうです。
宾果(ビンゴ)
ビンゴは、これまでウーリンのEVラインナップが宏光MINI EV、NANO EV、Air EVという超小型電気自動車にフォーカスしていたことを考えると、大きなステップアップです。
全長3,950mm 全幅1,708mm 全高1,580mmのボディは普通に実用的な小型5ドアハッチバックのパッケージで、17.3kWhと31.9kWhの2種類のバッテリーによりそれぞれ航続距離は203kmと333kmあります。
この内容で価格は120万円からとなっておりマーケットでの競争力は高いです。
星光 Starlight
徐々に高価格帯にもラインナップを広げているウーリンですが、すでにビンゴよりさらに大型の4ドアセダンEVのスターライトも発表されており、今後ともウーリンの動向から目が離せません。
バオジュンのEV
上汽通用五菱汽車(SGMW)には、もう一つバオジュン(Baojun、宝駿)というブランドも存在します。
バオジュンは、GMが中国で展開しているシボレーやビュイックよりも低価格の乗用車ブランドとして立ち上げられました。
2023年には、バオジュンはエキサイティングでイノベーティブなEVに集中すると宣言し、ウーリンに負けず劣らず興味深いEVをいくつか発売していますので見てみましょう。
KiWi EV
KiWi EVはフランスのシトロエンあたりが出しそうな、アヴァンギャルドなアート系デザインの小型EVです。
元々はE300という名前で、当時E200という名前だったウーリン ナノEVの兄弟車でしたが、リブランディングによりE300はバオジュンのKiWi EVとして生まれ変わりました。
完全にデジタルネイティブな新世代の若者がターゲットであり、この車に魅力を感じるユーザー層にとって日本車は選択肢にも入ってこないと思われます。
YEP EV
YEP EVはスズキのジムニーをEVにしたようなモデルですが、通常この手の四駆車ではスペアタイヤがついているリア周りになんとディスプレイがついており、好きな表示をすることができます。
プロモーション写真では男性オーナーが女性に向かってハートのシグナルを送っており、完全にデジタルネイティブの若者世代しか相手にしていないモデルであることがわかります。
云朵(ユンデュオ)
中国語で雲を意味する云朵(ユンデュオ、Yunduo)と名付けられたこのモデルは5ドアのファミリーハッチバックEVです。
全長4,295mm 全幅1,850mm 全高1,652mmのサイズの車体に37.9kWhと50.6kWhバッテリー容量が選択できそれぞれ360kmと460kmの航続距離を誇ります。
Ling OSによるコネクテッド機能はもちろんのこと360度サラウンドビューやボイスコマンドなどに対応し、センターディスプレイは15.6インチの大きさがあります。
この性能で価格は200から240万円とかなりの競争力があります。
まとめ
- 五菱(ウーリン)は上汽通用五菱汽車(SGMW)の展開する自動車ブランド。
- 中国で大ヒットした宏光ミニEVの登場した2020年以降、短期間でEVのラインナップは大幅に進化している。
- 宝駿(バオジュン)ブランドではウーリン以上に個性的なEVを展開しており、デジタルネイティブな若者層の取り込みを狙っている。
- ウーリンは、価格競争力やデジタル化対応を武器に新興国市場で日本車の脅威になりうる。
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